サンキング開発ヒストリー

  • (序章)

この度、オフィス オーガスタは皮膚臨床薬理研究所(ヒフケン)協力のもと、
新規事業として化粧品部門を立ち上げました。
皆さんは何故 オフィス オーガスタが化粧品をと不思議に思われるかもしれません。
音楽制作プロダクションが副業を始める事は良くあります。
でも僕たちはけしてそんな安易な気持ちでこの新規事業をスタートさせた訳ではありません。
その経緯を今回からここに連載と言う形で紹介して行きたく思います。

この度、このオフィス オーガスタ新規事業に協力して頂くことになった皮膚臨床薬理研究所は僕の父が 1987年、大手化粧品会社S社を退社後に設立をした個人的な研究所です。
父は京都府立医科大学に学び、同大学薬理研究室で「電気刺戟時に於ける大脳組織の
Oxidative Phosphorylationの薬理学研究」で学位(博士号)を頂き、
同大学の助手を経て1960年大手化粧品会社S社の研究所に研究員として従事いたしました。
脳の研究で何故化粧品会社の研究所に赴く事になったのかは最近になって、
僕もやっと理解する事が出来ました。
この事に関しては次回以降に述べたいと思います。
父はS社の研究所で化粧品開発に従事する傍ら東京T病院皮膚科にて 「光過敏と光防御、紫外線」の研究を行っていました。父の専門は「光過敏と光防御、紫外線」でした。

幼い頃、僕は父親が化粧品会社に勤めていると言う事にどこかコンプレックスを抱いておりました。
幼い僕は化粧品と言うものは女性が使用するものでありそれに関わる仕事を男が取り組んでいる、 なんて父親は女々しい職業に就いたのだろうかと思っていました。
その後、父はS社から研究留学としてオレゴン大学環境医学センター(1963年) スウェーデン・イエテボルグ大学皮膚科(1965年)、ハーバード大学医学部(1969年)に学びました。
後年知った事ですが知る人ぞ知る父の業績のひとつにハーバード大学時代、
同大学フィッツパトリック教授と共に発表した紫外線ブロックの概念、SPF値があります。
皆さんが使用されているUVカット製品に必ずと言っていいほどこのSPF数値は記されているはずです。

続きは次回にて

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